永久固定法
暫間固定法との関係
要約
歯槽膿漏症と診断されるものでも、動揺がごく軽度のものもあるが、多くは正常の範囲をこえ動揺するものである。その治療にあたり、咬合圧、その他の外圧に対して負担を軽減させ安静を保つことは、まず必要不可欠な事項とされている。負担軽減法として行なわれるものに、咬合調整法と固定法がある。
そして、咬合調整法を行ない確実に負担が軽減され、安静が保たれると判断できるものには、固定法は必要ではない。
咬合調整だけでは安静効果のみられない場合、および咬合調整を行うときにさえ暫間固定が必要な場合は、すべて固定法が必要である。
暫間固定法と他の治療法の総合的効果の結果として、病症が改善され、撤去後、動揺が少なく正常咬合圧が周囲組織に外傷をあたえる心配がなく、その良好な状態が長く持続できる場合は、暫間固定はその本来の任務を果たしたといえる。さらに、暫間固定撤去後に、なお勤揺が残り、永久固定が必要な場合でさえ、撤去するまでの間安静を保ち、咬合咀嚼の回復と主な治療法を可能ならしめ、効果を促進させた治療法としての重要な役割とその効果は、絶対不可欠な方法の一つと言うべきである。
永久固定はどのような場合に行なうか
永久固定は、撤去を予定せず永久に装着され、メインテナンスの励行とあいまって治療効果の永続を図るために行なう方法である。
永久固定はどのような場合に行なうかについては、歯槽膿漏治療の将来的処置として行なわれるものとか、他のあらゆる処置により病状の改善された後なお動揺が残り、生理的な咬合圧が周囲組織に悪影響を残し、再発の原因になったり、病状を悪化させるような場合と述べるものが多い。しかし、装着後ごくわずかの期間で抜歯しなければならぬとするならば、全く無駄であるし、不利と知りながら行なうべきではない。
永久固定が有効で有利であったと考えられるように、確実に長期間保存できるためには、どの程度までの膿漏歯に行なうべきかがもっとも知りたい一番の問題点である。しかし、今までの文献からは明確な答は得られない。とすると、この点を知る一方の手がかりとして、どの程度に悪化していれば保存不可能で、抜歯の時期とされているかを調べてみる方法が残されている。
膿漏歯の抜去については、一般的にはP3〜P4の状態でなお延命を図ることは、全身的、局所的にその後にマイナスの状態を招来するし、そのような歯牙に対しての施術は、ごく近い将来に脱落の運命にあると考えられるので、全く無駄で無益であるとか、歯根2/3程度以上骨消失するもの、とか、垂直圧に動揺を示し疼痛を感ずるのは予後不良で抜歯の時期であると述べられていたが、“臨床歯周病学"によれば、早期に抜歯を行なわなければ義歯のための歯槽堤が破壊吸収されるという考えに対して、Glickmanの5つの反論理由と、Eulerその他、病理学的、X線学的等多くの面からも抜歯することが却って歯槽骨の機能停止による骨吸収を起こす、と反論している。
また、歯槽膿漏症は抜歯しなければ治らないという考えに至っては、歯周病学の初期の考え方で、現代においては全く通用しないと一蹴していることからしても、今日では抜歯したほうが良いという理由は非常に薄弱である。
このように膿漏歯の抜去時期の決定について、明確に規定することは難しいからだけでなく、永久固定適応の時期決定についても、今日の基準が明日の基準にはならないであろうという理由から、全く不要と考えるべきであろう。
従って、永久固定は現在一般に抜歯の適応症とされているP3の一部と、P4といわれるケースに行なわれるものと考える。永久固定の種類・術式・範囲
永久固定の種類については、歯髄を保存し、ピンレッジその他によって保存できればと考えている。しかし、動揺が2mmもあり、前後左右に安定せず、処置の度毎に苦痛を訴え、暫間固定によってかろうじて安定を保ち得るような歯群に、どのようにして対処すべきなのだろう。
現状では、ただ言うだけのことで、このような装置がセットできるものはP2までで、これは永久固定の適応ではなく、暫間固定法で十分保存でき永久固定の必要はない。
範囲については、骨植堅固な歯牙まで延長し、これに支持を求めなければならないとか、動揺の方向が一方向的でなくなるようにまで延長するとか、述べられているが、“普通の機能的なストレスに抵抗するのに必要な支持組織が十分量残っていない部位に適応される"のが基本で、このような歯群の中に比較的骨植強固な歯牙の含まれる場合は包含するが、固定を強固な歯牙に求めようとすることは全く不必要と思う。実際に可能な方法を決定する際に、患者とのコミュニケーション、例えば、治療処置操作中にできるだけ苦痛を少なくするとか、経済的に考慮を払うとか、技術的に可能であるかなどを考えあわせて決めるべきで、われわれはできるだけ小範囲の歯群に止めるようにすべきである。永久固定法に対する考え方として、すべて処置後の歯牙の健康とその存続は、永久固定によって得られる効果がうまくゆくかどうかにかかっている。
しかし、暫間固定も永久固定もそれだけでは決して治療効果が望めないものである。正しい固定さえすれば、それだけで動揺歯が長く保存されるという考え方は、危険で有害ですらあることを強調しておきたい。市販歯科用銀合金使用の永久固定装置
抜歯適応の歯牙の殆どが、適切なる永久固定法、及び十分なメインテナンスによって永年機能を果し得るものであるとするならば、この多くの歯牙に、どのような永久固定法を行なうかは種々の点から配慮を必要とする。
歯科医療の第一目標は、自然歯列を全うすることにある。われわれは、これを不動の目的として臨床に励んでいるが、不幸にして多数歯の抜去を考えなければならぬ最悪の場合が無いとは言えない。
天然歯保存と人工歯代用(義歯)の選択が、経済的な面から考えられることが多く、これが臨床の実際を左右する根拠になっていることを認めざるを得ない。
以上の理由から、簡便で廉価で、かつ効果的であるということが必要になってくる。
われわれも十分機能を果し、金合金によるスプリントとほぼ同様に耐久性をもつ方法として、市販歯科用銀合金を用いての、ワンピース鋳造法によるスプリントを考案し、20数年来、多くの症例に用いているので、その概要について述べる。
市販歯科用銀合金の多くは、延展性に乏しく脆弱なものが多く、数歯を連結した場合に破折することは明白であるが、鉄筋コンクリートのごとく、脆弱な銀合金に適当なスケレトンを用いることにより、良好な成績を上げている。なぜ行なわれにくいか
歯槽膿漏症治療に際し、固定法は基本的な欠くべからざる治療法とされ、特に歯周疾患の原因に咬合性外傷がクローズアップされて以来、ますます負担軽減法一咬合調整法一固定法の重要性が強調されてきた。
一般歯科臨床においては、予後の不確実性は重大な問題で、特に多額の費用を必要とする処置の予後については十分確約的であることを望まれる。
しかし、どの文献をみても永久固定後の保存状態と、その期間については実証的でないばかりか、わずかの症例について“一年半後においても良好な状態であった” と記載されている程度で、それもごく稀である。
数年、10数年後の状態を明らかに示されたものはなく、これでは読む者をして実行に移らせるモチベーションにはならない。また膿漏症治療全般に対しても特に中程度以上のものに対しては、消極的にならざるをえないことである。
その他、これは推測ではあるが、永久固定法が非常に効果的な唯一の療法である、と述べられているのに従い、実施はしたが案に相違し、ごく短日の間に増悪、再発等で抜歯のやむなきに至った失敗例の経験のためではなかろうか。なぜ失敗するか
技術的には完璧であったとしても、不必要なほど強固な支持を得るまで範囲を広げ、咬合調整、その他の治療法を行なったとしても、わずかの期間で抜歯せざるを得ない状態になるのはなぜか。
これは主にフィジオセラピーとメインテナンスの良導の欠除から起こるものと確信する。
この二つの膿漏治療法、療養法は近時重大視されている基本的で不可欠の療法で、これ無くしては他の治療効果も悪く、再発、再燃を防止することもできず、すべての療法が結局は徒労に終ることになる。永久固定法とフィジオセラピー、メインテナンス
固定法と共に行なわれる治療法のうち、フィジオセラピーとよばれるものは、歯肉に対する膿漏症の原因除去と周囲組織に対する賦活療法(主に正しいブラッシング)で、末期的重症治療の場合これらが正しく行なわれ得る状態にするためにも、固定は最も役立つと考える。さらに、固定法の目的を良好に達成させた真の理由は、固定法それ自身ではなく、フィジオセラピーを中心とした療法の成功であり、正しいメインテナンスの良導成果である。
従来、治療法の最も重要かつ基礎的な考え方の一つに原因除去がある。
真の原因は歯垢の停滞を来す食生活の環境、すなわち粘性軟食の生活習慣にあるとされている。このような原因除去は、ほとんど行なわれ難いものであろう。治療期間中に医師が行なうものをフィジオセラピーと呼び、患者自身が行なえばメインテナンスに属する。
再発・再燃防止についても、この歯垢の付着防止と除去法は治療期間におけるフィジオセラピー、メインテナンスと全く同じで、普段に原因の除去を確実に行なうことと共に軟食の生活から来る刺激の欠除を補い、健康保持あるいは弱化した組織の賦活に必要な人工刺激賦与の方法としての正しいブラッシングは、治療効果を高めるためにも、再発・再燃を防止するためにも絶対不可欠な療法、療養法である。永久固定と歯槽膿漏の臨床
患者の主訴としての歯槽膿漏症は、殆ど重症のみといっても過言ではなく、したがって咬合調整だけで負担軽減できる場合はごくまれで、ほとんどの場合は暫間固定をすることによってはじめて咬合調整・負担軽減ができるものが多く、暫間固定法とその他の主な治療法を行ない、病状の改善がみられても、固定撤去後、なお動揺が残るものが多い。この場合、永久固定をして保存につとめるか、予後不良として抜去するかは、固定後の予後の判定が出来なければ、永久固定法がただ有効だと言われていても、一般開業医では失敗の場合を考えると、うかつに手をつけるのは危険であると考えざるをえない。とすれば抜歯するか、暫時経過をみるとしても次は抜歯となる。
膿漏歯の抜歯は治療ではなくて治療の放棄であり、したがって末期症状を主訴とする患者の多い現状では、永久固定法に成功する自信の有無が、治療の出発点を左右する決め手となる。
患者が、歯科医療に期待するところは、歯牙口腔の健康を損なった場合、出来るだけ早く手軽に元通りにしてほしいということである。気が付いた時には既に遅く、医療の手が及ばないと知った場合は何とも残念で、医学・医術の至らなさを言いたてて、せめてもの腹いせにしたいのは人情であろう。歯科医は硬組織疾患に対しては痛みを止め、咬合を回復し、歯牙を保存する。しかし、歯周疾患については、何の為すことなく抜歯をして、義歯を装着する。その比率は、決して低いものではない。病める歯と、それに伴う咀嚼不能、回復を望む患者の欲求、それらを癒すことは出来ていないが、抜歯をすることで不快を除き、義歯を入れて回復する。だから医者と言えるのかもしれない。しかし、われわれはどこか本質から外れているように思うし、患者も病気を治してほしいが、出来ないというから入れ歯で諦めているのではなかろうか。
歯医者は、病気を治そうとせず、痛みは止めてくれるが、歯を抜き去ってしまい、入れ歯を装着してくれる
歯医者は人歯を入れてくれるもの、歯槽膿漏は治してもらえない
歯槽膿漏には、本当は医者はいない
しかし、義歯よりも機能がすぐれ、長年保存できて、次々と抜歯することもない永久固定法が成功し役立つならば、患者の要望に答え不満を解消することができる。む す び
正しい永久固定を装着して、健康に十分留意し、局所的なメインテナンスの諸事項を必ず励行させることによって、抜歯されるほとんどすべての歯牙を10数年延命、保存することができる。それだけではなく、早期発見につとめ十分に注意をあたえ、完全な処置と、十分なメインテナンス、予防に対する心がけと、日常の実践を教育することができれば、そのことによって完全に初発を予防し、再発を防止することはできないとしても、10数年間は発症を遅らせることができるであろう。
これらによって、膿漏による抜歯を現状から20数年遅らせることが可能と考えられる。歯牙の寿命を20数年以上も延命させることができれば、やがては永久固定法も必要ではなくなるだろう。
現今、平均寿命はめざましくのびてはいるが、中年以上の体力は極度に減弱の状態にあるとされることに対して、必ずや大きな貢献をなし得ることを確信する。歯科医療の目的は、歯牙口腔の健全を図り、体力の増進、生命の延長に寄与することにより、健康で明るい社会生活を築き上げることにあるとするならば、これこそ新の歯科医の道であり、また真の歯科医の道であるといえないだろうか。
歯界展望:第32巻 第5号 昭和43年11月 より
以下に、症例を1つだけ提示
左:初診時20歳
右:2年3ヶ月経過
動揺度:いわゆる舞踏状。すなわち垂直圧、捻転に対しても明らかに動揺を示し、発音とともに抜け落ちそうに浮動していた。
問診により全身疾患の無いことを確かめ、家族歴に付いても特記すべきことなし。本症の病歴:数年前より歯肉腫脹、出血を自覚し、頻繁に治療を受けていたという。早くから抜歯を言い渡され、義歯を勧められていたが、決心がつかず今日に及び、この度も抜歯以外に処置は無いと言われたため転医してきたもの。
左:上顎 21歳/22年経過
右:下顎 27歳/16年経過初診時症状は図1とほぼ同様。多発性膿瘍に苦しみ、抜歯を宣告され転医してきたもの。当時はフィジオセラピー、メインテナンスについての理解が不十分で、数年の間隔で下顎前歯部の永久固定が必要になり、また数年後、臼歯部の永久固定を行った症例である。臼歯部も写真で示す状態で、現状は全く良好な成績を維持し続けている。
初診時32歳/7年経過
左下4:歯列外転位歯抜去。
X線所見は著明な改善が認められる。7年経過した今日、金合金使用のスプリントとほぼ同様、維持力などについては、何ら不満足な点も無く、今後の悪化について懸念するところなし。